院長ヒストリー

子供の頃、歯科医院の薬品臭が嫌いだった

Question

子供の頃の歯科医院での体験をお聞かせください。

上松

ほとんど歯科医院へは行った覚えがないですね。   学校健診で小さなむし歯を指摘されて、単発で治療をしに行ったことくらいです。   ですから良く耳にする"痛い、恐い"といった子供の頃の歯科医院のイメージはほとんどありません。あ?そう言えば、一度だけ恐怖から歯科助手の方に治療中に手を握ってもらったことがありましたね。

Question

それでは"歯科医院は恐いところ"といった一般的なイメージはなかったのですね。

上松

削られる時は痛いという思いはありましたが、そもそも歯科医院にいった回数自体が少ないので、そんなに強く歯科医院に対するマイナスイメージは残っていませんね。

Question

子供の頃の歯科医院での体験を、歯科医師になられた現在において活かしていることはありますか?

上松

子供のころの歯医者に対するイメージは、鼻をつくような薬品の匂いですね。 ですから薬品臭のない医院をつくろうという想いはありました。かみきたデンタルでは、木肌を生かしたインテリアにしていますし、薬品臭い医院では話になりませんからね。ユニットなどの消毒滅菌も殺菌水で拭き上げて、匂いには気をつけています。

歯科医は政治家を志す手段にすぎなかった

Question

学生時代は政治家を志したとお聞きしたのですが?

上松

祖父の影響が大きかったです。私の両親は地方の政治家の出でしたので、お盆の時に長野の母方の実家に帰省する度に祖父が、先祖がどういう人かということを教えてくれました。ある時、戦争の話になって、先祖の誰々は日露戦争で戦った人だとか、太平洋戦争ではどうだったかということを聞きました。戦後亡くなった人たちを慰霊するために、地域での墓地をつくる活動をしたりして、自分たちのためというよりは、よそ様のためにという祖父でした。

「七転び八起き」ということわざになぞらえて、その祖父が「九転び十起き」という自伝を書き残していて、読んでみると、とても波乱万丈な人生を送った人でした。その内容から、会社を興しては叩かれ、また興して叩かれても這い上がって、最後には政治家になったという祖父の生き方に感銘しました。その影響が子供の頃の私には大きかったですね。

また私は戦国時代や戦国武将に非常に興味があるのですが、今の日本に当てはめてみると、現在は法治国家ですから戦国武将に代わる存在として政治家に統治されているわけで、そんなことから政治家になりたいと思っていました。

なんと言っても小学校の卒業文集に国会議員になりたいと書いていましたから(笑)。 そんな私の子供から青春期にかけては、児童会会長をやったり、高校でも生徒会会長をしたり、また中・高・大では部活動のキャプテンもやっていました。

Question

歯科医になろうと思ったきっかけは・・・

上松

当時18歳で実社会とはどういうものか、何も分からなかったのですが、支援金を募って政治活動をする政治家がいるから悪政がはびこるのだと思っていました。 ですから、私は自分で稼いだお金で政治活動をするのであれば、クリーンで誰からも後ろ指をさされないと考えていました。 18歳の若造が、独力でお金を稼ぐには、何が最適なのだろうと考えた結果、医者、弁護士、公認会計士といった士業になったわけです。 一つの組織に属してサラリーマンとなって上からの命令に従うのも、自分には合わないなと思っていました。

歯学部に進学して大前研一氏の平成維新の会に入り、学生秘書をやったりしました。18歳~21歳までは、学生でありながら議員会館で仕事をしたり、代議士の運転手をしたりしていました。大学3年時その代議士の方に、次の選挙でお前を出すから大学を辞めて本気で政治家を志さないかとオファーをいただいたりもしました。

こんな学生生活を送っていましたから、歯科大生でありながら「俺は歯医者ではなく政治家になろう」と思っていました。あくまでも歯医者は政治家になるための手段でしかありませんでした。そのため卒業後の進路は福祉の道でいくか、防衛庁にいき防衛政策をやろうと考えていました。

デンタルネットワークこそ最高の医療サービス

かみきたデンタルも予防歯科は予防歯科を基盤に開業して8年が経過しました。

開業当初は予防の重要性を患者さんにお話ししても、あまり受け入れてもらえなかった覚えがあります。

ともすれば"押しつけ"と感じられていたようです(笑い)。

そんな経験を踏まえながら学んできたことは、この地域で来院する患者さんは、まず病気になった歯を治すこと、 病気が進んで機能を失ってしまった歯の機能を回復すること、つまり修復と補綴処置に満足してもらえないと、 予防処置も進まないということです。今までは患者さんにとって歯科医院とは「悪くなったら行く所」だったのが、 いきなり東京育ちの若造がやってきて、歯医者は「悪くなる前に行く所」と唱えてみても受け入れてもらえないことは、 考えてみれば、当たり前のことです。

まずは、患者さんの困っていることを解決して差し上げて、歯科医としての技術面でも信頼を得なければ、この地で予防歯科を基盤とした歯科医院はつくれないと痛感して、従来にもまして修復や補綴などの、詰め物・被せ物・入れ歯・インプラントなど勉強にも励みました。

その結果、予防歯科を中心とする歯科医院を作ろうとして、かみきたデンタルクリニックの歯科医療全体の水準も格段に向上したわけです。

「虫歯ゼロの町、健康を守り育てる歯科医院でありたい」

まず虫歯や歯周病で失った歯の治療をすることから信頼を得てスタートすることになりました。

しかし、予防と治療の両立を求めだすと、どちらの水準も高くなる相互作用が発揮されだしました。

レベルの高い治療をすればレベルの高い予防管理が求められ、その結果レベルの高い医療スタッフが必要になったわけです。

しかし、かみきたデンタルの立地で急に水準の高い歯科医を育てるのは至難なことです。

そこで、東北地方の歯科大や私の出身の東京から幅広く人材を求めることになりました。

その結果今では、一般歯科医、各専門医、歯科衛生士、歯科技工士の人数が適正にコントロールされた 「デンタルネットワーク」を組めるようになり、一人ひとりの患者さんにもっとも合った治療、予防管理を提供できるようになりました。

これも予防歯科を理念とした医院運営をしてきたからに他なりません。ぜひ、みな様にデンタルネットワークの素晴らしさを体験していただきたいと思っています。

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